陰陽師の役割と天皇の関係

日本の歴史を見てみると非常に面白いのは、天武天皇ということで有名な壬申の乱の天皇ですが7世紀ごろのひとですが、陰陽師に非常に関係が深いということで、その理由としては、この歴史上の有名人は、占いが非常に得意な人で本人も達人だったということですので、その人がそれらを利用した結果天皇に成れたということからも、陰陽道にかかわる分野が非常に重視されだしたということがよくわかります。そのことからも今の陰陽師などの大恩人ということができます。それで陰陽寮や陰陽の役職ができたということですが、同じように天文博士や陰陽博士、暦博士、漏刻博士などが決められたということですが、この漏刻博士というのは時間を測ったりする官職らしいです。それらが並列に決められたということは、それら全般がセットになっていたと考えていたということがわかります。

陰陽師の役割と呪術の関係

日本の文化には歴史的なしきたりというようなものがあり、長い歴史があるので、それをおろそかにすると悪いことが起こったり、祟りになったりというイメージが非常に強いということもあります。これは日本文化だけではなく、それぞれの国でも同じでしょう。日本の中でそのことを担ってきたのが陰陽師などの関係の職業や神道、仏教などの関係者だったということになります。そして呪術ということで、それらが風習として残されてきたということで今に至っているということですが、本来はそのことで厄払いや良い運勢に転換するということでしたが、いつの間にかそのようにしないと罰が当たるとか運勢が悪くなるという、逆の文化になってしまい今に至るということになります。その点でも陰陽師は重要な役割をしているということになります。その点でも陰陽師と呪術の関係は興味深いものがあります。

陰陽師の公家化と土御門家

土御門家という名前はよく小説やアニメにも出てきますが、もともとは阿部の清明の阿部家で、室町時代からそのように名乗るようになったということです。陰陽師の官職もトップ以外は昇殿できない貴族などだったということですが、唯一トップだけは昇殿が許されたということで、時代が下ると貴族でも傍流の位置にいる人たちのための官職になっていったという経緯があります。本来の国家の吉凶を占いということから、そのような閑職的な位置で利用されていったという、非常に今の社会に似ている状態になったということで、人間の社会も変わらないということを感じますが、その後阿部家と賀茂家の独占になり、特に阿部家はその後も隆盛を極めて、土御門家に変わっていったということで、江戸時代でも栄えた家柄になっていったということでした。そのような歴史も陰陽師の歴史としては面白いものがあります。